序章:二足のわらじ、深夜の衝突
私は自宅のリビングで、会社の重要な提案資料の最終チェックをしていた。目の前のデュアルディスプレイには、Excelが3個並んでいる。しかし、私の脳内のCPUの半分は、別のタスクに占領されていた。
脳の左半分は「Project X スケジュール(期限:月末)」、右半分には「娘・模試対策進捗(期限:週末)」。仕事のロジックツリーと、娘の学習スケジュールが、静かな夜に私の頭の中で激しく衝突していた。
「今日は〇〇先生の面談が入っているから、テレワークにしようかな。」 「明日は出張で帰りが遅くなるなぁ。最難関問題集を一緒にやるために、新幹線の中で予習しようかな。」
受験の伴走とは、まるで第二の仕事だ。
しかも、こちらは給料が出ないどころか、娘の未来という、何よりも重い報酬がかかっている。完璧な伴走者になりたい親の理想と、決して手を抜けないビジネスパーソンの現実。私は、その板挟みで、ときどき息苦しさを感じていた。
1.敗北の瞬間:残された赤ペン
最も辛いのは、仕事で大きな達成感を得た夜に訪れる、小さな敗北感だ。
ある日、難航していたクライアントとの交渉をまとめ、疲労困憊ながらも高揚感に包まれて帰宅した。
しかし、玄関を開けた瞬間に、その高揚感は冷たい現実に引き戻される。
リビングの学習机の上。山積みのテキストの横に、私のために残された「丸つけ待ち」の束。娘はもう寝ている。
私は部屋着に着替え、リビングの暖色照明の下で赤ペンを握る。頭の中にはまだ仕事の数値が飛び交っているのに、今から解くべきは「植木算」だ。一本一本の線、一つのミスごとに、疲労が増していく。
「完璧な伴走者」になれない自分への苛立ち。他の家庭の成功報告(SNSの「魔境」で見た、あの輝かしい偏差値)が、頭をよぎる。
あの完璧な成績の裏には、きっと、これほどまで仕事に時間を取られていない、時間という最大の武器を持つ親の存在があるに違いない、と。
2.高速道路での「戦術会議」
しかし、両立を諦めるわけにはいかなかった。私はビジネスで培った「効率化」と「戦略的思考」を、伴走にも持ち込むことを決めた。
新幹線の中、タブレットで仕事のメールを処理した後、私はすかさず「父の受験業務時間」へと切り替える。最難関問題をパラパラと読む。
「この問題は複雑なビジネスプロセスをフローチャートにするのと同じだ。」
週末。車で遠方へ出かける高速道路が、私たち親子の唯一の「戦術会議」の場になった。
私:「あの植木算、なぜあの解法を選んだの?」
娘:「えっと、まず周りの長さを求めて、マイナス1かプラス1課だけを先に考えた!」
私:「いいね!それって『よりシンプルで効率的な解法を選ぶ』っていう、ビジネスにおける意思決定そのものなんだよ。」
私は、自分が仕事で実践している「問題の要素分解」「優先順位付け」「検証」のプロセスを、意識的に娘の学習に当てはめた。そして、娘が自力で正答を導き出した時、仕事で大型契約を取った時と同じような、純粋な喜びを感じたのだ。
3.二つの戦場がもたらす「複利」
両立は苦しい。しかし、その苦しさが、私に「複利」をもたらした。
仕事の締切に追われる中で、私は娘の「自立」を感じた。親が全てを管理しなくても、彼女は与えられた環境の中で、自分のやるべきことを淡々と進めている。
私は悟った。私が完璧に全てをサポートしなくてもいいのだ。娘は、私が仕事で必死に戦う姿を見ることで、「時間の大切さ」と「責任を全うする姿勢」という、受験を超えた最も重要な教科を学んでいるのではないか。
仕事で成果を出すこと。娘を信じて伴走すること。この二つの責任は、互いにエネルギーを奪い合う「消耗戦」ではなく、実は「相乗効果」を生むものだった。
娘の成長が、私の仕事へのモチベーションを高め、仕事で得た冷静な視点が、娘の伴走における「焦燥」というノイズを消し去ってくれた。
私は再びディスプレイに向かう。
そして、明日、娘に「おはよう」と言うとき、心は満たされている。
この二つの戦場を背負うことこそが、私にとっての、最も困難で、最も誇らしい人生のプロジェクトなのだから。


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